シアワセの魔法





冷たい朝の空気が顔を撫で、そろそろ起きる時間だとソフィーに知らせる。

ベットのぬくもりと外気の温度差が大きくなると、起き上がるタイミングを探してしまう。
それなのに、なおさら。
この頃、身体がだるくて仕方がない。
ベットから起き上がるのが実は億劫でしかたがないのだ。
早めにベットに入り疲れを取ろうと努力するものの、何故か頭がすっきりしない。
ソフィーはのろのろとベットから立ち上がり寝間着を脱ごうとボタンに手をかける。

ずっと眠っていたいけれど、そうもいかないわ。



戦火が治まった街には、人々が戻って来た。
ハッター帽子店で始めた「ジェンキンス生花店」には、平和の訪れを祝う街の人たちで賑わうようになった。
明るく食卓を彩る為に花束を買い求めるご婦人。
庭先に開いた砲弾跡を花壇にしたいと願う老夫婦。
大好きな両親の記念日にと一輪の花を選ぶ幼い姉妹。
時には、戦争で失った愛しい人への献花をもとめる若い女性。
それでも皆、前向きに生きていこうという気持ちで店にやって来る。

ソフィーは誰かを幸せな気持ちにできる、前向きに生きていこうとするその手伝いができるこの仕事をとても嬉しく感じていた。

ハウルの秘密の花園の花は、人々を癒す力があるように感じる。それがまた嬉しい。


ハウルは幸せの魔法使いだわ。


ソフィーはくすりと笑う。

さあ、お店の花を仕入れにいかなくちゃ。それに朝食の準備もしなくちゃね。

こういう風に、やるべき事を頭に思い描くと、幾分頭が軽くなる。
まだ薄暗い窓の外を見つめ、ゆっくりと靴を履く。

突然、背後から伸びてきた腕がソフィーのウェストをさらい、次の瞬間、ソフィーはベットに沈められた。
「今日は横になっていたら?花は僕が摘んでくるから。」
「・・・起こしちゃった?」
見上げた視線の先には、困ったように自分を見つめる青い瞳。
黒髪があちこちに跳ねて、どこか幼さを感じる。

それすら見るものを魅了することに、ハウルは気が付いているのかしら?
困った顔も綺麗なんだから。

「ここ何日か、とっても辛そうだよ?昨日もゆっくりするように言ったじゃないか。」
少しキツイ口調でも、この甘い蜂蜜のような眼差しで言われたら・・・ソフィーはまたくすくすと笑ってしまう。
ハウルは優しく顔にかかった銀髪を払うと、そっとソフィーの額に触れる。ひんやりとしたその手が心地良い。
「やっぱり!熱があるよ。今日は大人しくここにいて!」
ハウルが指を一振りすると、履きかけていた靴がダンスを踊るように足から離れ、ベットの脇に並ぶ。
そうして毛布をかけると、ぽんぽんと優しく胸元を整え優雅に立ち上がり、ソフィーを見おろす。
「いいね?」
「でも・・・」
食事の準備がと言いかけると、ソフィーの顔の上にハウルの黒髪がぱらぱらとかかり、整った口唇で・・・
ソフィーの柔らかな口唇をふさぐ。
「調子が悪い時くらい、僕に甘えてよ。奥さん?」
ハウルはそう言うと、ウィンクして部屋の扉を閉めた。
「−ずるい・・・」
ソフィーはまだかすかに感触の残る口唇にそっと触れ・・・扉に向かって呟いた。




「まったく、僕の可愛いソフィーは働きすぎなんだ。」
ハウルは店のバケツに花を移しながら(もちろん魔法で、だが)ぼやく。
「今日くらい休めばいいのに。定休日以外は待ってるお客がいるからって休まないんだから。」
ハウルは苦笑しながらも指先を動かし、鉢植えに水をやったり、いくつかの小さな花束を作る。


ソフィーはみんなを幸せにする力を持っている。
いくら僕がそう言ってもソフィーはとりあわないけれど。
ソフィーは誰かが喜ぶ顔を見れるこの仕事が好きだと言う。

自分があの花園を見たときに、胸の奥から感じた幸せな気持ちを、戦争で傷付いた街の人にも分けてあげたい。

そう言って。
ハウルの魔法がみんなを癒すのだと。
ソフィーは嬉しそうに笑う。
そんなソフィーがたまらなく愛しい。

君は気づかないけれど。

そんなソフィーの笑顔が、店に来る人々を癒しているのだと、僕は知ってる。

ソフィーは存在自体が癒しなんだ。


ハウルはぐるりと店内を見回し、開店の準備が整ったことを確認して、城へ戻る。
「さあ、お次は朝食。」



ハウルが扉を開けると、ベーコンの焼ける香ばしい匂いがたちこめ、かちゃかちゃと皿を運ぶ音が聞こえる。
「・・・〜!!ソフィー〜」
溜め息混じりに階段を上ると、後ろで扉が開きヒンを抱えたマルクルが「おはようございます!お師匠さま!」
そう言って元気な笑顔を見せる。
「おはよう、マルクル。散歩かい?」
重そうなヒンをマルクルの腕から受け取り、マルクルの頭を撫でる。
「ハイ!お店の周りを」
階段を上り、フロアーにヒンを降ろすと、ソフィーはフライパンからベーコンエッグを皿に盛りつける手を休め
「おかえりなさい、マルクル。ハウル。」と、二人と一匹に、とびっきりの笑顔を見せる。
カルシファーも口をもごもごと動かしながら「おかえり」と言う。
ハウルは腕組をして立ち止まった後、ちょっと瞳を細めてソフィー?と呼びかける。
言わんとしている事を察したソフィーは、慌てて「お陰で、だいぶ朝寝坊できたわ。楽になったのよ?」
そう笑って見せる。顔色が蒼白なことを見れば「楽」になったとは思えないのだが。
ハウルが大股でソフィーに近づくと、「おばあちゃんを起こしてくるわね!」とハウルに背を向けて駆けていく。
マルクルはヒンにミルクを与えながら「ソフィー、どうしたの?」とカルシファーに尋ねる。
「ソフィー、さっき立ちくらみを起こしたんだぜ。」
カルシファーは心配そうにハウルを見上げる。
「・・・まったく、ソフィーってば!」ハウルは諦めたように椅子に座った。



皆が食卓に着き、朝食を摂る間もソフィーは魔女の食事の介助をしたり、
マルクルの口についたスープを拭いてあげたりして自分はなかなか食べようとしない。
まあ、いつもと一緒といえばその通りなのだが・・・。

ハウルにはソフィーが[食べたくない]・[食べられない]のだと言うことが分かっていた。
ソフィーの額はうっすらと汗を光らせていたし、肩が時折苦しそうに上下する。

今すぐ横にならないと!!

ハウルはそれでもその言葉を飲み込んだ。

ソフィーが、この時間を家族で過ごすこの時間を大切にしているから。
家族の団欒を手放さないことを知っているから。

だから、魔女とマルクルが食事を終え、後片付けを始めるまで我慢した。
今では本当に辛そうに、食べ物の匂いですら受け付けない、という感じだ。
ハウルは本日何度目かの溜め息を盛大につくとパチンと指を鳴らす。
食器がテーブルから浮き上がり、順序良く流しへ飛んでいく。

普段、一緒に片づけをすることはあっても、ソフィーの仕事をあえて奪うことはしない。

自分の仕事を奪われた、困ったようなソフィーを抱き上げもう一つ溜め息。
「もう、気がすんだかい?」
ソフィーはそれでも首を横に振る。
「まだお皿を洗ってない」
「そのくらい!」
「だって、ハウル苦手でしょう?」
くすくすと笑って、ソフィーは、ねっ?と小首を傾げる。
「ーそれに・・・病気じゃないの。多分・・・。だから大丈夫なのよ?」
ソフィーはそう言うと、何故か蒼白な頬をほんのりと紅く染める。

まったく、この働きものの奥さんときたら!

「僕がちゃんと洗うから。信用して?」
ソフィーは、恥ずかしそうに何か切り出そうとしているが・・・、ハウルは言葉を待たずに寝室へと歩きだした。

暖炉の前で椅子に座りヒンを撫でていた魔女が、急に明るい声をあげた。

「ソフィー!おめでとう!あんた、赤ちゃんができたんだね?!」

「「「えぇっ!!」」」
・・・・ハウルも
カルシファーも
マルクルも
魔女に抱かれているヒンまでも
魔女の嬉しそうな顔を見つめ・・・・慌ててソフィーへと視線を移す。
ソフィーははにかみながらも少し不安そうにハウルを見つめて。

ハウルは、心臓がやたら早く動くのを抑えるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ソフィー、本当?」
その瞳には驚きと・・・まぎれもない喜びを見つけて、ソフィーはほっとしてにっこりとうなずく。

「やったなー!!ハウル!お前が父ちゃんかよ!」
カルシファーは暖炉から飛び出し、くるくると二人の周りを飛んで。
「赤ちゃんだって!ヒン!お師匠さんと、ソフィーの!」
マルクルは魔女からヒンを抱き上げると小躍りする。
「やれやれ、私が生きてるうちでよかったわよ」
魔女は目を細め、ハウルとソフィーを柔らかく見つめる。

そんな周囲の騒ぎと裏腹に・・・

「・・・ハウル?」
ぴたりと動きを止めてしまったハウルの頬に、ソフィーは恐る恐る触れる。

ー・・・・・・・

ハウルの青い瞳から。

涙がつたい、ソフィーの指にあたる。

「ハウル?!」
ソフィーはハウルの涙がつたう頬を両手で包み込む。

「ソフィー・・・」

搾り出すような掠れた声。

ハウルはソフィーを抱く腕に力を込め、ぎゅうっと抱きしめる。
「ソフィー・・・、ソフィー!・・・ありがとう!ああ、どうしよう、ソフィー!!僕たちの赤ちゃんが?」
濡れた青い瞳が、嬉しさでいっぱいで。
ソフィーは胸が締め付けられるような幸福感に包まれる。
「ハウルは幸せの魔法使いね。みんなを私をこんなにしあわせにな気持ちにしてくれるのね」

あなたが素敵な魔法をかけてくれたのよ?

ハウルは薔薇のような笑顔を見せ、ソフィーに優しくkissをした。

「僕に幸せの魔法を教えてくれたのは、ソフィー、愛しい僕の奥さんさ!!」





        end



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